2024年6月28日金曜日、日本にApple Vision Proが発売された。
初公開の日からApple Vision Proに強い興味を持っていた私は、日本でのVision Proの体験が予約可能になった途端、Apple 新宿での体験を予約した。
(写真:CNET Japan)
予約のQRコードを読み込んで、自分の持ってるiPhoneで顔のサイズを測定し、Apple Storeのスペシャリストが持ってきたVision Proを見た初めての感想は、「あれ、思ったより小さいな」だった。
前面が真っ黒なガラスになっているからか、Meta Questのヘッドセットよりだいぶ小さく感じた。実際のサイズはどうなのだろうか。
ライトシールの大きさは33Wで、体験用のVision Proはデュアルループバンドをつけた状態だった。
ヘッドセットをかぶると、目の前にAppleロゴが表示され、Vision Proのセットアップが開始された。画面を初めて見た時の感想は、かなりがっかりだった。正直。
パススルーの画質は、想像していたものよりかなり低く、ライトシールの鼻の部分が欧米人基準に作られているためか、鼻の方から光が入り込んでしまう。
また、視野角が狭い、という話は海外のRedditからもかなりきかれていたので、覚悟はしていたが、あまりにも狭かった。また、目の両端は真っ黒で、縦方向はともかく、横方向の視野角にははっきりと問題があるように感じた。
ライトシールを33Wではなく21Wに変えると視野角が改善される、との話はあったが、体験イベントではiPhoneから測定された33Wで使うことしかできなかった。(事前にその旨を伝えると変えてもらえるらしい)
過去にMeta(旧Facebook)社のOculus Quest 2やMeta Quest 3を使った際にも、鼻の隙間はかなり深刻で、このような追加の付属品なしでは使い物にならないほどだった。
Appleストアの体験環境自体が明るいことから、机からの反射光が画面のレンズに写ってしまい、とても没入感どころではなかった。日本人の体格に合わせたライトシールを開発しない限り、体験イベントの改善は叶いそうにない。
セットアップを終了すると、周りの風景がパススルーで見えるようになった。
パススルーの画質も、想像していたよりかなり画質が悪かった。もしかしたら反射光のせいで特に酷く感じたのかもしれない。しかし、それでも画面のノイズがかなりひどかった。60万円のMRヘッドセットなのだ。1ドル=100円の時代の基準で、3499ドル=38万4890円(消費税10%含む)の価格だったなら、まだ許せたかもしれない。しかし、60万円のMRヘッドセットでこれはいかがなるものか。1年間の期待が、一瞬で泡になるところだった。
しかし、悪い点だけだったわけではない。体験イベントの流れとしては、まず写真アプリを開き、写真やパノラマ写真、空間写真と空間ビデオを見るようになっていた。
Vision Proで撮影したビデオは、頭を動かすとかなり歪みがひどく、頭を固定してから見るもの、という印象だった。
iPhoneから撮影した空間ビデオはまだマシで、Vision Proで撮影したものより画質もだいぶ良い印象だった。しかし、Vision Proで撮影したものは、本当に画質にノイズがひどく、とても60万円の装備から撮影したもののようには見えなかった。泡が飛ぶ動画は、泡をCGで入れたのではないかと思うほど立体感がすごかったが、画質自体はどうしてもかなり悪かった。
期待していたパノラマ写真も、かなり画質の悪さが目立ってしまっていた。端の方が立体画像かのように、頭を動かして端の方を見ると少し中の方に画像が広がったように見える体験は、すごく没入感が感じられた。しかし、初めからずっと気になるこのノイズの酷さは、どうにかならないものなのだろうか。
もちろん、視線のトラッキングと指の検知はとても素晴らしく、「このアプリを開こう」と思った瞬間にはすでにアプリが開かれていて、とても素晴らしい経験だった。別途コントローラが必要なヘッドセットにうんざりしていた私は、この指のトラッキングの精度にびっくりした。今まで使ったことのあるどのヘッドセットよりも精度が高く、まさに初めてiPhoneを使った時のような感じだった。
Apple Vision Proの売りは、その画質や、パススルーの品質ではなく、まさし個々のジェスチャーの存在だ。視線トラッキングと指ジェスチャーこそが、Apple Vision Proの正念場であって、全てなのだ。
正直、体験イベントの行い方は見直すべきではないかと、非常に強く感じた。それぞれの顧客の持つ「疑問」は違うのに、決まったアプリしか使えない、決まった順番でしか体験できない、ということはAppleの方針とも一致していないように感じる。他のiPhoneやiPad、AirPodsなどの商品は、すべて誰でも触れられる場所に設置されてあって、誰でも気軽に自分の気になるところを調べることができる。
Apple Storeの短期スペシャリストの採用面接で最終面接まで行った私は、その採用プロセスにおいても、「お客様目線で物事を見ること」の重要性をAppleが理解していると感じていた。それなのに、Vision ProのそれはとてもAppleの方針が反映されているとは感じられなかった。
私が気になっていたことは、特定の場所にアプリを開き、動きながらそこに固定されている画面を見ることや、Apple TV+の映像、そしてF1などのレースの見やすさだった。
しかし、Vision Proの体験では、固定された椅子に座ったまま、決まったコースをそのまま体験するだけのものだった。これでは、Vision Proの魅力が伝わることはない。これで良いのかApple。
個人的な感想としては、Apple Vision Proは2007年のiPhoneのようなものではない。既存のスマートフォンとはっきりと違う「何か」の兆ししか、私は見つけることができなかった。
もちろん、将来の「Vision」ははっきりと見ることができたが、まだ時期早々だ。今のApple Vision Proは、iPhoneではなく、Newton MessagePadのような印象だった。
スティーブ・ジョブスは、Appleに復帰した後、ほぼ全てのチームを解散させ、一部の製品だけに集中することで赤字からV字回復を果たした。しかし、そんな彼は、Newton MessagePadを見て、その可能性を感じ、チームを存続させた。そのチームは将来iPadと呼ばれるデバイスや、それを小型化させたiPhoneを開発し、世界を丸ごと変えてしまった。
Apple Vision Proは、そのNewton MessagePadのような「可能性の兆し」はあるが、まだこのデバイスは「iPhone」にはなっていない。世界を変える第一歩ではあるものの、まだ可能性の段階だ。
デバイスの重さも、バッテリーが入ってないのにも関わらず、かなり重く感じた。視野角や画質、パススルーの画質も、とても満足できるようには感じなかった。それでもなお、Apple Vision Proが未来の可能性を示していることは、がっかりだった体験イベントの後ですらその通りに感じている。
様々なSF映画の中に出てきていたものが、実現しようとしている。Appleの想像する「空間コンピューティング」というものは、これからどのように普及されていくのだろうか。その可能性は無限だ。特に、大きいTVなどを置く場所の少ない都会から、その普及は一気に進むのではないだろうか。私は、体験イベントを経て、その可能性の片鱗を目撃した。
Apple Vision Proのシネマモードは、本当に劇場にいるかのように、天井の光はリアルタイムで見ている映像の光を反射していた。本当に劇場にいるように感じた。
Vision Proの方向性は、はっきり、他のVR・MRヘッドセットのものとは違う。しかし、何度も言うが、まだ時期早々だ。これから、少なくとも3年以上はかかるだろう。もしかすると、Newton MessagePadのように、10年以上かかるかもしれない。しかし、Appleの想像する「空間コンピューティング」の未来は、必ず訪れる。そのポテンシャルの片鱗を見ただけでも、Apple Vision Proはその意味を成していると感じた。もちろん、60万円のヘッドセットは、とても一般消費者向けとは感じられない。その一番大きな原因は為替のせいであるが、為替のことまで私が配慮するものではあるまい。価格設定をしたのはAppleなのだから。
体験イベントを行った30分間の間、Apple Vision Proを購入した人は、Apple新宿でだけで4人ほどいた。確かに、このデバイスは必ず訪れる「未来」の波に乗る一番のサーフィンボードだ。Apple IIが出る前のApple Iを買った人々のように、このデバイスはその魅力を持っている。
Apple Vision Proの魅力が伝わるように、体験イベントのやり方の見直しをしてくれることを、そしてより「一般消費者」でも手が出せるような普及用のデバイスが世に出ることを、心より祈る。